大阪早稲田倶楽部

長岡京を巡る

 ウォーキング部会は令和5年4月22日、京都の長岡京界隈を巡る一日を楽しみました。JR長岡京駅に集合。参加は大阪早稲田倶楽部24 名、宝塚稲門会5名そして神戸早稲田倶楽部3名の合計32名でした。晴天に恵まれ、最初に訪問したのは勝竜寺城跡公園でした。勝竜寺城は、南北朝時代から江戸時代初期まで城郭が存在し、天正6年(1578年)8月、細川藤孝の嫡男忠興と明智光秀の娘お玉(細川ガラシャ)が結婚式を挙げ、新婚時代の約2年間を過ごしたとされています。
 「本能寺の変」により主君・織田信長を討った明智光秀は、この勝龍寺城を拠点とし、近くの恵解山古墳付近に本陣を置いて、羽柴(豊臣)秀吉を迎え撃ちました。「山崎の戦い」に敗れた光秀は勝龍寺城に退却し、ここで最期の夜を過ごしたあと、自分の城への帰途、落ち武者狩りに討たれたとされています。
 恵解山古墳は前方後円墳で、一部墓地となっている部分以外は古墳公園として完成当時の形に復元整備されています。長岡天満宮では、名物のキリシマツツジが咲き誇っており、屋台の出店もあって、大勢の参拝者で賑わっていました。
 向日市文化資料館(無料)では長岡京跡の発掘現場から出土した文化財が展示されており、約10 年続いた長岡京の復元模型を見てから、向日神社、長岡京大極殿跡を訪問しました。全て平地で帰宅時には私の万歩計は約23,000歩を記録していました。
 田村昌之(昭54年法)

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